石破自民党幹事長、辺野古強制手続きについて明言。自民党沖縄県連所属議員の前で…

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2013年11月27日 10:39


 
11月25日の自民党の石破幹事長は沖縄県連所属の自民党国会議員5名を背後に並ばせた記者会見の席で「日米合意というものの着実な実施のために…」と前置きした上で、今回の件に関してこう述べた

「強制手続きとしての沖縄県知事の承認というものを求めるということ」

元のNHKニュース記事では「強制手続きとしての」は省かれているが、秘密保護法同様、国民など無視して強行していく極右政党としての自民党の本音を意図的に覗かした瞬間だろう。この後ろに控えるなさけない議員たちも散々な恫喝にあったのだろう。(もっともその後の他のニュース記事でのコメントを読むと当初の予定通り、自分たちの公約を棄て去っているようにも見えるけれど)


昨日の沖縄両紙の社説
社説[自民議員辺野古容認]公約破棄 議席返上せよ
2013年11月26日 沖縄タイムス

 選挙時に掲げた公約と正反対の転換をしておきながら恬(てん)として恥じない。選挙公約は有権者と交わした重い契約だ。破棄は政治家の自殺行為である。偽りの公約で当選したことを意味し、国会議員の正当性が失われた。辞職して県民に信を問うべきである。

 米軍普天間飛行場問題で、県選出・出身の自民党衆参両院議員5人は25日、党本部で石破茂幹事長と会談。「県外移設」の公約で選挙戦を勝ち抜いてきた5人が全員、辺野古移設を容認した。

 自民党が政権を奪還した衆院選からまだ1年もたっていない。衆院で議席ゼロだった沖縄でも、比例復活を含め県外移設を掲げた4人が当選する大躍進を果たした。

 普天間の移設先をめぐって党本部とねじれが生じ、いずれ深刻な軋轢(あつれき)が生じるのは目に見えていたはずだ。沖縄の民意に支えられ、県外移設の使命を託された政治家としての気骨と気概はどこへいったのだろうか。

 25日の会談で辺野古移設を容認したのは国場幸之助氏(1区)と、移設先の名護市辺野古沿岸部を抱える比嘉奈津美氏(3区)。宮崎政久氏(比例、2区)は24日に記者会見し、辺野古移設を容認する考えを明らかにしていた。

 西銘恒三郎氏(4区)と、2010年の参院選で再選した島尻安伊子氏(全県区)は今年4月に、いち早く公約を破棄している。

 議員らのホームページ(HP)になお、躍る「ぶれない信念!!」「最も早く確実な方法として県外へ移設すべきだ」との公約がむなしく響く。

    ■    ■

 安倍政権は沖縄の民意を無視し、強権と恫喝(どうかつ)によって基地政策を強行しようとする、近年見たことのない政権である。自民党本部は衆・参院選で5氏を公認している。今年7月の参院選で敗れた候補者を公認した。いずれも「県外移設」を公約としていた。党本部は沖縄で県外移設の公約を掲げることを認めていたのである。公約破棄を迫るのは、衆参両院で自民党1強体制の議席を得た自信とおごりから出ているのは間違いない。

 離党勧告の「踏み絵」で衆参議員を転ばせ、次いで自民党県連を転ばす。そして仲井真弘多知事から埋め立て申請の承認を得る考えである。

 石破氏との会談で、辺野古の埋め立て承認を知事に求める方針でも一致したという。

 公約を破棄して選挙時に受けた有権者の支持を裏切るばかりか、埋め立て承認に向けた「知事包囲網」に積極的な役割を果たすということである。到底納得できない。

    ■    ■

 政治家は、有権者が共鳴した公約を実現するために全力を尽くさなければならないはずだ。吹けば飛ぶような公約であれば、有権者の政治家に対する信は失われ、代表制民主主義が深刻な危機に陥ると言わざるを得ない。

 いち早く公約を破棄した西銘氏が「ボクは、正直だ」とブログにつづり、島尻氏は3人の転換を出産にたとえ「待望の子どもが生まれたら、みんなにお祝いをしていただける環境にしたい」と語った。厚顔無恥、有権者を愚弄(ぐろう)しているというほかない。


公約撤回 犠牲強要は歴史的背信だ 辞職し有権者に信を問え
2013年11月26日 琉球新報


 公約は有権者との約束だ。それを裏切るなら、そもそも公約をする立場に立つべきではない。自民党国会議員3氏が米軍普天間飛行場の辺野古移設容認を表明した。
 たやすく圧力に屈し、主張を撤回するなら政治家の資格はない。屈服でないと言うなら、容認が正しいと判断した根拠を堂々と有権者に訴え、審判を仰ぐのが筋だ。いずれにせよ先に容認した2氏を含め、自民国会議員の5氏全員、職を辞して信を問うべきだ。
 首相官邸も自民党本部も「オール沖縄」の民意を知りつつ、力ずくで屈服させた。暴政は植民地扱いに等しく、許しがたい。

【暴政の先導役】

 宮崎政久氏は会見で「状況が変化」したと釈明した。だが「変化」したのは党本部の圧力の度合いと宮崎氏の意思だけだ。いったいいつ、世論調査で辺野古移設容認が県民の過半数になったのか。
 比嘉奈津美氏は「(普天間)固定化の可能性が非常に高いというので(容認を)判断した。県民の命の方が大事だ」と述べた。だが、移設すれば北部の東海岸を垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが飛ぶことになる。「県民」の中に東海岸の住民は入らないのか。
 国場幸之助氏の弁も奇妙だ。確かに石破茂幹事長に対し、県外移設の公約について「組織人としてふさわしくなく、何らかの措置があるなら甘んじて受ける」と述べた。だが「辺野古移設も含むあらゆる可能性を排除しない」のだから、辺野古容認には変わりない。
 「県外移設はあり得ない」と主張する政府・与党の説得に応じ、「辺野古移設実現に全力を尽くす」と発表する会見に同席しておいて、「県外を求める公約は変えない」と言うのは無理がある。
 国会議員に政府・与党が次に求めるのは、辺野古埋め立て申請を承認するよう仲井真弘多知事を説得する役であろう。
 沖縄の有権者たちから票と信頼を得た議員たちが、政府・与党の先導役として沖縄に基地を押しつける作業にいそしむのか。議員たちが自らの保身のため、沖縄に犠牲を強要する姿を見るのは悲しい。
 森本敏前防衛相は普天間基地の移設先について「軍事的には沖縄でなくてもよいが、政治的には沖縄が最適の地域だ」と述べ、海兵隊の常駐場所は沖縄でなくてもよいと暴露した。基地に反対する本土の民意は重く見るが、沖縄の民意は無視していいということだ。本土のために沖縄は犠牲になれというに等しい。

【分断統治】

 その犠牲強要のシステムに県民は気付いた。だからこそ普天間の県内移設に全市町村長が反対し、全市町村議会と県議会が反対決議をした。そこへ政府・与党が分断のくさびをうちこんだのだ。
 古今、植民地統治の要諦は「分断統治」(divide and rule)とされる。支配層が、支配される側をいくつかのグループに分け、対立をあおり、分裂・抗争させることで統治の安定を図る仕組みのことだ。支配層は善意の裁定者のごとく、涼しい顔をしていられる。
 沖縄の世論が割れていればいるほど、政府・与党と防衛・外務官僚はそのような「高み」にいられるわけだ。今回、その分断統治の試みは成功しつつある。
 国会議員たちは、沖縄を代弁するのでなく沖縄に犠牲を強要する側についてしまった。民意に背いただけでなく、沖縄戦の犠牲者たちへの歴史的背信でもある。
 この局面で、政府と自民党本部の狙いはもう一つあろう。沖縄に抵抗は無駄だと思わせることだ。力ずくで公約を撤回させたのは、沖縄に無力感を植え付け、抵抗の気力を奪おうとしているのだ。
 だがそれはまた、彼らが沖縄の抵抗を恐れていることの裏返しでもある。当然だ。日本が民主主義を標榜(ひょうぼう)する以上、主張の正当性は沖縄の側にあるのだから。
 沖縄の将来像を決めるのは自民党本部や官邸ではなく、沖縄の民意だ。その正当性を自覚したい。

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